世界最速を作ってきた7台の車にまつわる歴史
自動車の発明以来、ごく自然に、人々は世界最速の限界を求めてきました。最初に、平らなビーチで80km/hを達成し、1960年代にはジェット推進で動く車が主流になりました。科学と技術の進歩が、世界最速の車に垣間見られます。
The Spirit of America 655.72km/h
F86という戦闘機のエンジンを用いて、始められた世界記録への挑戦は、しかし正式に認められませんでした。動力源が通常のエンジンと異なるためで、それでもFIA(国際自動車連盟)は最終的にこの車を通常の車と認め、記録達成となりました。この車をモチーフに、ビーチボーイズも歌を作った事で有名です。
Wingfoot Express 664.98km/h
この車のデザイナーは予算が全然足りなかったため、スポンサー候補としてタイヤメーカーのグッドイヤーへ赴き、7万8千ドルの資金提供を受けました。他のドライバーがパラシュートの開くショックで心臓発作を起こしている事から、320km/hまでしか車の安全性が保証されませんでしたが、懸命な努力によって664km/hの記録を達成しました。
その後、非公式に973km/hの記録を達成しましたが、公式に認められることはありませんでした。
Spirit of America Sonic 1 966.57km/h
1965年に「Spirit of America」で記録を残したクレイグ・ブリードラブは、地上で初めての600マイル(約965km/h)男となるべく戻ってきました。実は彼の妻も約495km/hという、女性でトップの世界記録保持者でした。伝説によると、彼女は120km/h以下でドライブした事がなかったと言われています。
Blue Flame 1001.66km/h
アメリカガス協会とガス研究所がスポンサーとして作成した「ブルーフレーム」は、コストを度外視した結果、あまりに速かった。当時の技術では、700マイル(1126km/h)を超えるとタイヤが耐えきれなかったので、従来必要とされた道の半分で記録が達成出来るようにエンジンが設計されました。
Thrust 2 1020.4km/h
この車のプロジェクトは、500マイル(804km/h)でクラッシュしてスクラップ状態だったThrust 1プロジェクトのエンジンを再利用して始められました。そのため当初わずか175ユーロ(約3万円)の予算でした。ボンネビルソルトフラッツという、広大な土地で行われた記録挑戦は、残念ながら浸水によって中止となりました。その後、全ての条件が整った時、この車は記録を手にしていました。
Thrust SSC 1227.96km/h
空軍ミサイルをブースターとして利用し、NASAのロケットを使ったバドワイザー・ロケットカーが1979年に記録した739.666マイル(1190.37km/h)がそれまでのギネス世界記録でした。観測機がマッハ1以上の速度を正しく記録出来なかった可能性もあります。マッハ1というのは音速であり、この音速の壁を破る最初の車となったのが、このスラストSSCです。現在の世界記録がこの車です。今では後継のブラッドハウンドSSCという車が、スラストSSCと同じドライバーによって1000マイル(1609km/h)以上の記録を狙っています。
ブラッドハウンドSSC計画
BBC制作のスラストSSCに関するショートドキュメンタリーです。